平田オリザ 演劇入門
説明的セリフを避ける「遠いイメージから入る」
「伝えたいことなど何もない。でも表現したいことは山ほどあるのだ」
- 起承転結の事件のネストをつないで進行するドラマや漫画
- 観客の創造力を信頼し、場面を抜き出す戯曲(何十回も暗転できない)
構成要素
- 場所:セミパブリックのために
- 背景:セミパブリックのために
- 問題:何が事件か、何が運命か
これら3つは早い内に伝わるように。逆に言うと、徐々に状況が明らかになるミステリーは向いてない
内部の人間と外部の人間
持っている情報の差が、対話を生む。そのおかげで観客に物語が伝わる。(家族の会話からは、父親の職業はわからない。でもご近所さんが通りかかったら?保険のセールスマンがやってきたら?)
人の出入りを書くプロット
場面としてのエピソード
伝えたい情報/話される内容/間接的に、イメージの連続で
想像力/記憶力/観察力
話し言葉の地図
流動性の高い社会では、当然、自分は何者か、どういう人間でどういうものを愛し、どういうものを嫌っているかを、自分のことを何もしらない人間に一から説明しなければならない。
コンテクストのずれ
一人ひとりの言葉の内容、一人ひとりが使う言葉の範囲
ジョン・ロックの2つの誤解
x1.表象の一致:概念を事物が一致している
- 感主観性の一致:概念と言葉が一致している(他人間で)
マックは言えても、マクドナルドという言葉は、コンテクストに無いからJKには言えない。
劇団において、人事権を持つ演出家には権力がある。(宗教的な思想に頼らないのならば、)だからこそその権力が及ぶ物理的・精神的範囲を明確にしなければ不自由で硬直した集団になる。
すべての結果を一人で背負い込むのではなく、またすべての下人を他社に押し付けるのでもなく、その責任の所在を明確にしていこう
古代ギリシャの演劇も、江戸時代の歌舞伎も、観客が参加していた。
完全に分かれているのは、ローマの剣闘試合、帝国主義的オペラ、共産主義下にのサーカス。芸術が参加するものではなくなったとき、それは愚民化のためのプロパガンダや娯楽の道具に成り下がる。
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